パパ、ママをぶたないで 連載

「パパ、ママをぶたないで!」の製作背景やノルウェーの実情などについて、
三井マリ子さんに2011年8月から11月まで4回連載で、寄稿していただきました。

第1回 | 第2回  | 第3回  第4回

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

映画『パパ、ママをぶたないで』が生まれた国ノルウェー 
第1回 タブーをなくすために

映画の製作者アニータ・キリは、いいます。
「アニメ映画はラジオとは違って、言葉がないほうがいいのです。ゆっくりと感動がわき出てくるような映画が、素敵なのです」

『パパ、ママをぶたないで』は、まさにその通りの映画です。父親の暴力に悩む幼い男の子が、意を決して、王さまに訴え出るというお話なのですが、深刻な社会問題が、詩的な芸術作品にしたてあげられています。この点が評価されたのでしょう。世界各国から、40もの賞を受けました。

映画のテーマである「家庭内の暴力」を、日本ではDomestic Violence の頭文字をとってDVと呼ばれています。でも、ノルウェーではDVは使われません。「親しい間柄の暴力」(Vold i nære relasjoner =Violence in close relationship)という表現で統一されています。読んで字のごとし、既婚夫婦、事実婚にあたるサンボー、恋人、別居中の配偶者、離婚した配偶者などに起こる暴力という意味です。

この映画は、『アングリー・マン』という絵本が元になっています。この絵本は、テレマーク地方の心理学者オイヴィン・アスクイェム(Øivin Aschjem)の発案でスタートしました。かれは、長年、暴力が日常化した家庭の子どもの心理治療にあたってきました。仕事の傍ら、「暴力ではないもうひとつの道(ATV)」という民間団体で、DV根絶の活動を続けてきました

1987年創設のこのATVは、ヨーロッパ初の男性加害者更生プログラムをつくった団体として知られています。加害者更生プログラムが活動の中心ではあるのですが、被害者支援も行っています。また、政府の子ども・家族省やオスロ市やベルゲン危機心理センターとともに、「暴力家庭で暮らす子どもたち」という3年間の研究プロジェクトを立ち上げ、暴力がいかに子どもたちに悪影響を与えているかの調査報告書も発行してもいます。

アスクイェムたちの経験によると、繰り返される暴力のまっただ中に置かれた子どもや女性は、DVを「口に出してはいけない問題」と思い込んでいます。だから、このタブーを解消することこそがDV解決への道、だと確信しました。そして、タブーを壊すことにつながるような子ども向けの教材がほしいと考えました。その意をくんで、2003年に誕生したのが絵本『アングリー・マン』なのです。

絵本は評判となり、ノルウェー文化・教会省の児童文学賞を受賞しました。絵本に基づいて演劇の脚本がつくられました。2008年、ノルウェー全土でDV根絶のキャンペーンが繰り広げられ、その一環として上演されました。赤十字社、セーブ・ザ・チルドレンなどの共催でした。絵本は、同時にアニメ監督アニータ・キリの目にとまって、アニメ映画となりました。

以上の通り、ノルウェー社会にはDV根絶に取り組む数多くの民間団体があります。その民間組織と政府や自治体が連携しあって、多種多様なキャンペーンをしかけているのです。

しかし、ノルウェーでもDVに光があたったのは、この10年ぐらいです。何が、この変化をつくったのでしょうか。    (第2回へつづく)

写真上:駐日ノルウェー王国大使館で映画について講演する筆者の三井さん
写真下:ノルウェー国会議事堂(三井マリ子撮影)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第2回 24時間いつでも駆け込めるシェルター

ノルウェーでもDVに光が当たるようになったのは、この10年ぐらいです。しかし、ここに至るまでには、1970年代からのねばり強い女性運動がありました。

1976年、ブラッセルで開かれた「女性への犯罪」の国際会議にノルウェーの女性運動家たちが参加しました。帰国後、女性たちは、暴力を受けた女性のための相談電話をポケットマネーで新設しました。毎晩、電話口には女性たちの悲鳴が届きました。1年間の全記録をもとに、「女性への暴力の実態」をまとめあげ、「女性への暴力は社会問題である」と訴えました。

女性たちの訴えを受けて、メディアや国会で活発な議論が起こりました。「夫から妻への殴打・虐待は、家庭のささいな諍いではない、社会における男女の力関係が反映したものである」「女性への抑圧であり、深刻な社会問題なのだから、公的支援が必要だ」。こういう声が広がりはじめました。それに超党派の女性国会議員が賛同し、動きました (注1)。

ノルウェーがすごいのは、1977年または1978年に、国会でシェルター開設の特別予算が組まれたことです。当時、すでに国会議員の約4人に1人が女性になっていたことが大きく影響していると私は見ています。

こうして、ノルウェーの駆け込みシェルター1号が、オスロに1978年に誕生し、「カミラ」(注2)名付けられました。イギリスに次いでヨーロッパで2番目、北欧初のシェルターでした。(写真 左)

その後、女性運動家たちの手で、各地に少しずつ同様のシェルタ―ができていきました。私が初めて、ノルウェーのシェルターを取材したのは、1996年11月です。早くもノルウェー全土に50のシェルターができていました。その一つ、オスロから北に電車で2時間のハマール市のシェルターを訪問し、その充実ぶりを『女性ニューズ』(全国婦人新聞社刊)に記事を送りました。その時のメモにはこうあります。

いつでも駆け込める24時間オープン体制。赤と緑が基調の上品なインテリアの応接室。鮮やかな青で統一された食堂(写真 右)。明るい子ども部屋、テレビのあるサロン。喫煙室。2階にある6つの個室はホテルのように鍵がかかり、職員といえども入室者の承諾なしには開けられない。滞在日数に制限なし。職員13人は全員常勤。給与は時給にして1000円から2500円(夜勤は高い)と道路を挟んで目の前にある国立病院看護師とほぼ同額。    (第3回へつづく)

写真 上:オスロのシェルター「カミラ」。1978年創設された北欧初のシェルター(三井マリ子撮影)
写真 下:ハマール市のシェルターの素敵な食堂(三井マリ子撮影)

—————————————————————————————————————–
注1: オスロ市のシェルター「カミラ」代表、ならびにハマール市のシェルター代表への直接取材とインターネット情報(http://www.kampdager.no/arkiv/krisesentre/index.html)による
注2: 1855年に『知事の娘』を書いた元祖フェミニスト作家のカミラ・コレットにちなんでつけられたと思われる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第3回 DVの根絶は政府の責務

ノルウェーのDV対策は、被害女性の保護と自立の手助けをしてきたシェルター団体が政治に影響を与えることによって、充実してきたといえます。

そもそもノルウェーでは、地方議会の議員は“無報酬ボランティア”です。みな市民活動家みたいなものです。議員は本来の職業を持っています。だから会議は夜です。個人のお金はいっさい使わず議員に挑戦できますし、比例代表選挙ですから、女性や社会的弱者が議員になりやすい。

地方議員もオスロの国会議員も、民間団体とのチャンネルを大事にします。ここから、政策へのヒントをくみ取ります。現政権の閣僚は半数が女性、主要7政党の党首5人が女性です(写真下)。女性解放に関する課題には、きわめて敏感です。

この内閣が2005年に行動綱領『ソリア・モリア 宣言』(注1)を出しました。ここに、「DVの根絶は政府の責務であり、優先課題として取り組むこと」と明言されています。以下は、ノルウェー政府が実行してきたほんの一例です。

◎刑法を改正し、DV犯罪を新設した
◎シェルター法を制定し、シェルター運営に対する公的責務を明確にした
◎DV被害者が警察に届ける前の法律相談は無料にした
◎3歳までの子どもの死の原因は強制的に調査することにした
◎DV被害者が被害を繰り返し言わなくてもいいように録音することにした
◎オスロ大学付属病院内に暴力とトラウマストレスに関する調査センターを新設した
◎「警察署におけるDVの仕事」という文書が刊行され、警察署内にDV対策機能が新設された
◎保育園や小学校教員養成研修、移民受け入れ機関の職員養成にDV問題を学習するカリキュラムを新設した
◎法務大臣が編集者となり、DV防止の本を出版した(写真右)
◎少年向けに、元暴力少年が歌うラップミュージックのDVDとHPを制作した(注2
◎一般男性向けに、ノルウェーサッカー連盟を動かし、子ども・平等・社会省と民間団体が、「暴力根絶サッカー」というHPを新設した。サッカークラブそのもののような体裁のHPにはDV情報が満載(注3

枚挙にいとまがありません。そこにあるのは政治の強い意思です。やる気です。「パパ、ママをぶたないで」という上質のアニメ映画が誕生した背景にも、当然、こんな政治の力があります。監督のアニータ・キリもこう言っています。

「私は、自分の作品はおもしろいだけでなく、メッセージ性を持つべきだと強く思っています。ノルウェーなど北欧諸国には、子どもアニメ映画への多くの助成政策があります。そのため、質の高い子ども向け映画が作られてきたのです」 (第4回へつづく)

写真上: いまや7党首のうち5党首が女性。右から3人目が首相、2人目が教育相、最右が自治・地方開発相。2011年9月ノルウェー国会にて(三井マリ子撮影)
写真下: DV防止の法律改正に尽力し、DV防止本の編集に携わった法務大臣(右)(三井マリ子撮影)

—————————————————————————————————————–

注1: ソリア・モリアとは地図のない苦難の旅の末に最高の幸せを得るというノルウェー民話に出てくる城の名。この名をつけた「ソリア・モリア・ホテル」において連立政権を組む3政党が合宿して書き上げたのがこの宣言。
http://www.regjeringen.no/nb/dep/smk/dok/rapporter_planer/rapporter/2005/soria-moria-erklaringen.html?id=438515
注2:ラップ音楽で父親の暴力の深刻さを描く。ドラッグと暴力まみれだった少年のはけぐちは音楽だった。彼らと同じような暴力少年たちに暴力の無意味さを知らせる。女性シェルター団体、子ども・家庭・社会省の支援で完成させた。
注3:http://www.fotballmotvold.no/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第4回(最終回) 子どもの声を聞け!

「こわくて家に帰れなかった。家に友だちを絶対に呼べなかった」
「怒られると思って、こわくて誰にも話せなかった」
「うちは普通じゃないと思っていたけど、どこに助けてって言えばいいかわからなかった」
「ここで話せてうれしい。うちだけじゃないってわかって…」
「ママを助けなくてはいけないので、自由が全然なくなった」
「ママが安心できなければ、安心できるはずがない」
「牢屋にいるパパが出てきたら、うちはどうなるのだろう」

これは父親が母親に暴力をふるう家で暮らす子どもたちの叫びです。子どもオンブッドが、子どもたちの声を聞き取り調査して、『暴力家庭に暮して:DVを経験した子どもからの報告』 (注1)という冊子にまとめました(写真右)。生の声を社会に発信することでDVへの関心を喚起し、関係機関にDV根絶への対策強化を促すことが狙い です。

子どもオンブッドは、子ども(18歳以下)に関するさまざまな法律が遵守されているかどうかを、子どもの立場に立って監視します。子ども・平等・社会省の傘下にあるものの、強い権限を持った独立機関で、子どもの権利擁護のためなら政府をも容赦なく批判します。1981年、世界に先駆けてノルウェー政府が設置しました。任期は6年、2期まで。「オンブッド」は一人ですが、その下には大勢の専門職員が働いているので、国家機関でもあります。

2011年9月、現在の子どもオンブッドである心理学者ライダル・イェルマン(写真左)に会いました。彼は私に書類を見せながら「僕の仕事の重要な部分のほとんどは、子どもが教えてくれます。子どもたちこそが僕の先生なのです」と言いました。じかに子ども自身からの訴えを聞くのが仕事なのだそうです。相談に訪れた子供をもてなすためでしょう。待合室にも事務室にも、たくさんのおもちゃが置かれていました。子どもたちの意見や主張の中には、当然、暴力や虐待のものが多くあります。

2005年2月、ノルウェー社会を震撼させる事件(注2)が起きました。8歳の少年が義父から暴力を受けて死亡。義父の有罪は裁判所で確定しましたが、少年が死に至るまで介入できなかった警察署など関係機関にも、批判が集中しました。「DV家庭の子どもを救え」の声が沸き起こり、子どもオンブッドの活動にスポットがあたりました。

2006年12月、子どもオンブッドは「DV家庭の子ども専門家委員会」を新設。委員は9歳から15歳までの子どもたちでした。この委員会から出されたのが、冒頭の冊子です。同時に、オンブッド自らも関係機関の職員を対象にしたセミナーを何度か開催し、警鐘を鳴らしました。ある地方では保育士、教員、歯科医などで超満員となり、急きょ場所を大きな会場に変えなくてはならないほどでした。暴力による生々しい傷跡のある子どもたちがスクリーンに映し出されて、失神した人もいたとか。オンブッドは『子どもを殴り、辱め、搾取し続けて何年も逮捕されない大人がいる。まず子どもの声を聞こう』と訴えました (注3)。

いまノルウェーでは、DV家庭の子どもがいかに人間としての尊厳を奪われているかに焦点をあてたDV撲滅運動が精力的に繰り広げられています。「DV家庭の子どもの40%は精神科の治療が必要」「加害者の多くは、子ども時代に暴力をふるわれた」「移民家庭の被害女性にはノルウェー語の話せない人も多く、子どもが通訳や仲介をする」こともわかってきました。

こうした社会背景が、珠玉のアニメ映画『パパ、ママをぶたないで』を誕生させ、大ヒットさせたのです。(完)

写真上:『暴力家庭に暮して:DVを経験した子どもからの報告』の冊子
写真下:熊さんぬいぐるみと子どもオンブッドのライダル・イェルマン(オスロの子どもオンブッド受付にて。三井マリ子撮影)

—————————————————————————————————————–
(注1)http://www.barneombudet.no/sfiles/97/15/1/file/ekspertgruppe-voldsutsatte-barn-webversjon.pdf (2009年 子どもオンブッド発行)
(注2)http://tb.no/nyheter/besvimte-av-sjokkbilder-1.1111109
(注3)http://tb.no/nyheter/du-slar-ydmyker-eller-utnytter-barn-1.5850754

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
三井マリ子さんプロフィール
高校教員から都議会議員(2期)、大学講師や女性センター館長を経て、講演や執筆に活躍。都議時代、都に新設させたセクシャルハラスメント相談は、日本初の公的施策として全国に影響を与えた。全国フェミニスト議員連盟を創設し初代代表、現在は同連盟国際部世話人。「クオータ制」「男女平等オンブッド」を初めて日本に紹介するなど、ノルウェーの福祉・平等制度を紹介し続ける。
著書は、『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店)、『女たちのパワーブック』(かもがわ出版)、『男を消せ!ノルウェーを変えた女のクーデター』(毎日新聞社)、『セクハラ110番』(集英社)ほか多数。米コロンビア大学修士修了(フルブライト奨学生)。 FEM-NEWS http://frihet.exblog.jp/
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・