柳下毅一郎さんトークショー

2012年11月9日(金) 『フィツカラルド』上映前
柳下毅一郎さんトーク 概略

 

これは船が山を登る映画です。初めて見た時に大きな衝撃を受けたのですが、蓮実重彦先生が「船が山を登る映画なら別に珍しくない。キング・ヴィダー監督の『北西への道』を見ろ」と書いてらっしゃった。それでのちに『北西への道』を見ました。確かに船が山を登る映画でした。登るんですけど、これはやはりヘルツォークとは違う。『北西への道』は船が山を登っている「映画」。ヘルツォークは船が山を登ることを写した映画。それを撮った映画。ヘルツォークにとっては船が山を登ったように見えるかどうかが問題ではなくて、実際に船が山を登ることが大事で、そういう意味ではとてもドキュメンタリー的なのです。

フィツカラルドには実際のモデルがいます。19世紀にカルロス・フィツカラルドというゴム王がアマゾンの奥地にオペラを持ってきた。フィツカラルドは実際に船で山を越したのだそうです。ただしこちらはそんなに変な人ではないので、船をちゃんと分解して運んだらしい。
この映画を作るのは実際、船が山を登るくらい大変な仕事でした。当初はジェースン・ロバーツが「フィツカラルド」役でした。3~4割撮ったところで、ロバーツが病気になってドクターストップがかかり、撮影がストップ。共演者にミック・ジャガーがいたのですが、撮影が伸びたので、ローリングストーンズのレコーディングがあり、下りてしまった。そこからお金を集め直して、結局クラウス・キンスキーになったわけです。

雨季に撮影する予定だったのが、騒動のせいで、乾季になってしまった。乾季は水かさが減るので、山を越す距離が増えてしまう。さらにその年は60年ぶりの大渇水ということで船のスクリューが水面から出てしまって、そのたびに座礁して撮影が中止になる。ジャングルのど真ん中で何もやることがないので、スタッフのうっ屈が溜まる。サッカーボールが一つだけあったのが、パンクしてしまったので、売春婦を連れてきてキャンプに売春婦がいたという。エキストラにインディオが沢山いたのですが、近くの部族に襲われて、首に矢が刺さったりして、討伐隊を結成して近所のインディオと戦争にいく、みたいな話しもあった。
スタッフのブラジル人技師が、この映画で船が無事に山を越えられる確率は3割だ。残り7割は大事故が起きて人が死ぬだろう。こんな無責任な現場はイヤだと下りた。というような大変なことがいくつもいくつもありました。

そこまでしてヘルツォークは何がしたかったのかということですね。何を証明したかったのか。船が山を越えると言うのはこの映画の中ではメタファーです。映画の中で何度となく言われるのですが、意志によって不可能を可能にする。不可能な夢を叶える。それが船が山を越えることなのだ。ヘルツォークは船が山を越えるのは意志の力によってなんだと言っています。意志の力を証明する。そのために敢えて闘っている。

ヘルツォークはドキュメンタリーをいくつも撮っています。ジャングルとか砂漠とか極地みたいなところに行くことが多いので、冒険家と言われることもあります。8000メートル級の山の上でドラマを撮ろうとしたこともある。それはやっぱり無理だったわけですが。それらは冒険のための冒険ではなく、未知の場所に分け入っていく、未知の場所を知る興奮こそが最初にあるわけです。ヘルツォークは未知の世界と一対一で対峙する。そういう行為を常に求めている。未知の場所に行こうとするので未踏の地、「フィツカラルド」ではジャングルの中ですね。ヘルツォークは人が知らない世界でこれまで誰も経験したことない感情を見出す。それを映画として表現しようとするわけです。あくまでも感情の表現であって、事実の提出じゃないんですね。だからヘルツォークのドキュメンタリーには演出が入るんです。

嘘みたいな事実が提示されて、「これ本当なの?」と聞くと「実は作った」ということがある。それはやらせじゃないか?と言われるのだけど、ヘルツォークは自分が作ったストーリーを語らせることによって、真実を描く。真実はその中にあるんだということを示そうとする。そこには、ヘルツォークが見たその世界の真実があるんです。ヘルツォークのドキュメンタリーは常にフィクションであって、フィクションはそこで起こっていることを撮っていると言う意味でドキュメンタリー的になっていく。それはドキュメンタリーでもありフィクションでもあり、どちらでもないものですね。ヘルツォークが作ろうとしているのはそういうものです。誰も触れたことのない世界に行って、映画をゼロから立ち上げようとしているんだと思います。世界と一対一で対峙する存在になろうとしている。

リュミエール兄弟が最初に映画を上映した時、観客が本当に列車が来ると思って飛びのいたという伝説があります。ヘルツォークはそういう映画を作りたいんだと言います。観客に初めて映画を見る人のような反応をしてほしい。自分も一度も映画を見たことないように驚きたい。映画を一度も見たことない未開人がスクリーンの前に座る、それが理想の状況なわけですね。目の前に次から次に今まで見たことのない世界、驚くべき光景が広がっていく。
ヘルツォークは実際そういう人間です。だから世界中の誰も行ったことのない場所に行こうとする。クラウス・キンスキーもそう言う人です。ヘルツォークは現代社会は情報が多すぎると言っています。なんせ携帯電話も持ったことがない人ですから。質問だけがあって答えは与えられなくていいんじゃないか。何も知らないまま巨大な謎に直面する。それこそが感動させられる瞬間なんじゃないか、と言っている。だから、今日の話はみんな忘れて、白紙の状態で船が山に登る映画
を見てくださいね!

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