小川プロ特集:トークイベントレポート


NEW!  7月8日(火)18時からの「小川プロ訪問記」上映終了後: 瀬々敬久(監督) 聴き手:石坂健治

瀬々さんと石坂さんは誕生日が一か月違いの同世代だと、極私的な会話から始まったトークは、何度も会場に爆笑の渦を巻き起こし、丁々発止と進みました。

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瀬々さんは京大の学生時代に、伝説の京大西部講堂で小川プロ全作品を上映したことで、小川プロとの接点ができ、『1000年刻みの日時計』の撮影を1週間、スタッフとして参加したエピソードを披露。

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「仕事は雑用です。当時は鶯のフンで廊下を拭いたから、というので、同じことをしたり、切り株の間引きをしたり、移動販売トラックの放送音が邪魔だから止めに走れ、と言われて山を下りてもトラックが見つからなかったり」。
「小川プロは左翼だと思っていたら違った。小川さんが天皇で、傍らに皇后のように田村さんが控えている。家父長制そのものだった。それにあのマシンガントーク。ボクの知っている監督の中で小川さんはいちばんお喋り」
「大島さんは自分のやりたいことをするために創造社をつくったので、きっと小川さんにシンパシーを感じていたのでしょう。それがこの作品にはよく出ている」

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当時から監督になろうと思っていたか、と石坂さんに水を向けられると、
「8ミリで撮っていて、漠然と監督になろうと思っていました。でもドキュメンタリーは一生を賭してやらなければならないと思っていたので、手を出さないと決めていた」
「最近はでもドキュメンタリーを作っているのでは?」
「器材が軽量になり、一生を賭さなくてもいいようになった。当時、佐藤真さん(『阿賀に生きる』などの監督作を残し、2007年に50歳で早世)もスタッフに参加していて、彼は重いのを大切にし、わたしは軽い方へと」
「小川さんは映画をよく見ていた。エリセの「ミツバチのささやき」をスタッフの人たちに喋ると他の人たちが羨ましそうに聴いている」
「僅か1週間の経験は大きかった。小川さんには映画にいかにして立ち向かうかを学んだ。インテリとしてではなく身体性でです」

 



NEW!  7月7日(月)18時からの「三里塚の夏」上映終了後:大津幸四郎(『三里塚の夏』撮影/2014年公開予定『三里塚に生きる』共同監督・撮影)+代島治彦(『三里塚に生きる』プロデューサー・共同監督・編集) 聴き手:石坂健治

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大津さんは小川監督が岩波映画製作所時代からの仕事仲間。「三里塚の夏」撮影中は逮捕も経験したので、まずは、その逮捕劇からトークは始まりました。

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「千葉中央署に一晩いました。罪名は公務執行妨害。11月に公開する「三里塚に生きる」(大津さんと代島さんの共同監督)にも出てきます。傷害罪も加えようとしていたけど、カメラで殴るはずがない、と主張した」

「三里塚の女性は、普段抑圧されているから、活動をやればやるほど顔が明るくなっていった」。

司会の石坂さんから「今の生活の背後にあるものを大津さんは撮りたかったのでは?」と向けられると、
「闘争の評価ではなく、現在何を抱えているか、沈黙の底にあるものを撮りたかった」と。

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代島さんが新作について話を繋ぎ、
「大津さんと二人だけで2年間に10人インタビューした。ボクは三里塚初心者マークをつけて、ひたすら話を聴いた。二人の間に議論はなくアウンの呼吸だった」
と熱を込めて語っていました。新作は11月にユーロスペースで公開です!

 



NEW!  7月5日(土)15時からの「三里塚・五月の空 里のかよい路」上映終了後、鎌仲ひとみ(監督)

鎌仲さんは新作「小さき声のカノン―選択する人々」の編集の合間をぬぐって来場していただきました。
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「助監督時代、なかなか現場に連れってもらえない時期があり、小川プロの作品を5本借りて、見たことがあります。荻窪の事務所にお願いに行くと小川さんがいて、すごい勢いで喋るのです。「キミはこれを持ってって見ろ」って貸してくれました。他の助監督は誰も見ないので、ひとりで見ました。その後、私はカナダに5年間いて、途中に一回帰国して新宿でばったり小川さんに会いました。すっかり痩せていて、その後、すぐに亡くなりました。当時、私は30歳でした。小川さんは52歳で亡くなっています。今、私は52歳を超えました。小川さんがご存命だったら、いい作品をもっと作られたことだろうと、思います。」
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小川監督の助監督時代について、出会いと別れについてのエピソードに続いて、小川プロ作品と鎌仲さんの核をめぐる三部作とはテーマとして通底する、この50年間に日本で起きている出来事、権力側の意図につき、三里塚、祝島、福島、六ケ所村と実例をあげ、熱意を込めて、語っていただきました。


 


 6月30日(月)「どっこい!人間節」上映終了後: 上野昂志(映画評論家・明治学院大学言語文化研究所で<小川紳介を読む>開講中) 聴き手:石坂健治
「どっこい人間節」の小川プロとしての位置づけを石坂さんに問われたところ、「小川プロの転機だった時期」と上野さん。

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当時、小川監督が上映で東北地区を回っていた際に、山形で詩人の真壁仁さん、木村迪夫さんと出会い、牧野村に誘われたこと、などのいきさつから、「三里塚は<土地を守る>のではなく<土を守る>闘争である」、と、明治から国の政策に翻弄された三里塚の歴史と闘いの精神についての分析が語られました。

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「小川さんは寿の人たちの肖像を取ってこい。人間、貧すれば輝く。労働者は土を離れた農民だ」とスタッフに言ったというエピソードで、小川監督ならではの人生観を披露。また、お二人とも、「今見ると、寿の人たちの表情は明るい。前向きだ」と。

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また、いったん山形に同行して三里塚に戻った福田克彦さんの活動と作品「草取り草紙」や大部の著書「三里塚アンドソイル」、杜氏についての作品や、小川プロ作品とその製作方法へのアジアと欧米のとらえ方の違いなど、話題は縦横に広がりました。

おしまいに最も好きな作品を問われた上野さんは「1000年刻みの日時計」を挙げていました。



  6月27日(金)「三里塚 第二砦」上映終了後: 飯塚俊男(プロデューサー・監督/小川プロスタッフ) 聴き手:石坂健治
東北大学の学生時代から、仙台の小川プロ東北事務所で上映活動を担っていた飯塚さんは、「農村を巡回する上映活動は楽しかった」と語り、東北事務所から三里塚を経て山形に移っての共同生活をはじめとする数々のエピソードを披露してくれました。

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「当時の小川プロを支えていたのは全共闘の学生だった」「『三里塚 第二砦の人々』の頃は製作の資金集めのために、大学や労働組合を歩き回り、借金をしまくった」と、前週の伏屋さんと同様、おカネにちなむ苦労話。

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三里塚から山形に移る際、家族も一緒に、と呼びかけられたが、実際に家族全員で移ったのは飯塚家(お連れ合いと二人の息子さん)だけ。大勢での共同生活で時によると17人くらいが一緒に食事をしたこともあったそうだ。地区総会への出席は自分の役目で、加えて映画のための取材や撮影、家族と過ごす機会が少なかった、と語ると、石坂さんから「『Devotion小川紳介と生きた人々』にはそのあたりのことが出てきますね」と水を向けられ、「息子が自分の周りの人々についての絵を描いたら、ずっと端にオガワのおじちゃんがいて、私はいませんでした。家内が、後になってかわいそうで言えなかったと」。

「岩波映像の頃は小川さんも脚本を書いていたが、『1000年刻みの日時計』の頃には脚本を書かずに撮影するから、編集すると使わないフッテージのほうが多いことになる。『1000年刻みの日時計』では、20%使ったかどうか。」といった制作のエピソードや、小川監督本人については「小川さんが亡くなった時、小川さんのお父さんから、大学の学部は文学部ではなく経済学部で、しかも中退ではなく卒業し、1935年生まれではなく1934年生まれだったそうだ」と、「土本(典昭監督)さんがショックを受けていた」というエピソードを披露。「小川さんって人は自らもフィクションにしてしまった」と語っていました。
なお、飯塚さんは最新作『宮戸復興の記録2011~2013」で<ゆふいん文化記録映画祭2014>の松川賞を受賞されました!翌日に湯布院での授賞式を控えたトークでした。


 


 6月22日(日)「1000年刻みの日時計」上映終了後:対談:山根貞男(「映画を穫る」編者/映画評論家)&鈴木一誌(DVDブック「三里塚の夏」を観る編著者/ブックデザイナー)

山根さんと鈴木さんは、三里塚当時から小川プロの映画をご覧になってきており、上映された「1000年刻みの日時計」にとどまらない作品分析の含まれた、刺激と示唆に富んだ内容でした。

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この日、最初に上映された「現認報告書」について触れ、「(現認・・は)報告になっていなくて不親切だ。「1000年刻みの日時計」も不親切さは変わってない。」と指摘。「当時は小川さんのヘタさを見てたかもしれないが、今見ると、鋭く見ていて、見ているものの向こうにあるものを見ようとしている。」

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映画に表現される時間について、鈴木さんは<裂開>(レッカイ=文字通り、裂けて開くの意)という言葉で小川作品を評価していました。「現在と言う空間をかき回すときに時間が生まれる。空間を裂開することでしか、時間をとらえられない。」



● 6月21日(土)「ニッポン国古屋敷村」上映終了後:伏屋博雄(プロデュサー/小川プロスタッフ) 聴き手:石坂健治(東京国際映画祭アジア部門ディレクター/日本映画大学教授)

伏屋さんはプロデューサーとして資金集めに苦労したことや、1984年「ニッポン国古屋敷村」がベルリン国際映画祭に出品されることになり、招待された小川監督が成田から飛び立つことに悩んでいたこと、今、代表を務めるドキュメンタリー専門誌「neoneo」(web版もあり)で、いかに自分が小川監督に影響を受けているかを率直な語り口でお話になりました。
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撮影裏話では、「1000年刻みの日時計」では、緊縛の専門家の指導を仰いだことなど、小川プロがいかにスタッフの層が厚くバラエティに富んでいたかなどのエピソードを披露。
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おしまいに、石坂さんから、デジタル時代への感想を問われると、「自分たちフィルム時代と比べると格段におカネをかけずに撮れるから、ドンドン、ドキュメンタリーをつくるといい」と力強く鼓舞してトークを終了しました。


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