1月28日トークレポート

『イエロー・ケーキ クリーンなエネルギーという嘘』

ゲスト:渡辺えりさん(劇作家/演出家/女優)

命は平等
「イエロー・ケーキ」にはほんとうにびっくりしました。原発の燃料がウランで、そのウランを採掘している人たちが被曝していたという事実を知らなかったんです。私たちが便利な生活を求めている陰で、ウランを採掘しながら被曝している人たちがいて、その犠牲の許に成り立っていることを、今まで深く考えてこなかった自分を、この映画を見て反省させられました。命というのは平等なはずなのに、戦争も原発もそうだけど、東京で私たちが便利な生活をするために、福島の人たちが犠牲になっている。ウランを採っている人たちも、私たちの便利な生活のために犠牲になっている。それをどこかで切らなければ、不平等というか、こういうことを許してしまったら、安い命、高い命というのがあるような感じじゃないですか。
私は東北出身ですけれど、戦争のときも、地方の人が最前線に行くのが当たり前。中央を守るために、誰かの命が高いけど誰かの命は安いみたいな、そういうことがずっと続いてきている。これをどこかで止めなければ、大変なことになるなということをあらためて感じた映画でした。

音楽もいいですね。ウディ・ガスリーの曲(「Every 100 Years」)で始まって終わるというのも、批判精神が効いていて、しゃれていますよね。わりとこういうドキュメンタリーを作ろうと思うと、日本の場合生真面目に作っていくわけだけど、観る人に任せるような作り方をしているじゃないですか。音楽もラフな自由なブルースっぽいものを使うことで、そのまま考えてくれよっていう、自由に考えてくれと。その結論というのはあなたたちが考えるんだよ、という風にポーンと投げたような演出が素敵ですね。

荷物は自分たちが背負いたい
東北は戊申戦争の時も第二次世界大戦の時もぜんぶひどい目に遭って、またこうなのかって。あのときも保障はされないわけですよ。政府はお金を出したくないから。だから避難もさせないですし、面倒も見ない。ケチなのです。それに対して何もせずにいて後悔したくないという思いがあるのと、少子化で若い人たちがどんどんいろんなものを背負ってこれから生きていかなくちゃいけない。まだ私たちが元気なうちに、ぜんぶ荷物は自分たちが背負って、若い人たちになるべく軽くさせたいという思いがあります。

マスコミも皆問題だということはわかっているんだけれど、事実を放送するのが難しいというのがありますよね。ほんとうにいろんなことを調べながら、なるべく放送しようと思って頑張って取材している人たちもいるんですね。

昨年5月頃に福島の子供たちの鼻血を知りビデオで撮った
私も5月くらい、福島の駅前で6.6マイクロシーベルトぐらい出ているくらいの時期に、ビデオカメラを持ってひとりで取材に行ったんですよ。子供たちが被曝して鼻血が出たというニュースがインターネットで出て、それを「これ放送しなくていいんでしょうか」と言ったら、裏を取らないと、つまり事実じゃないと番組では放送できないと言われて、じゃあ裏をとればいいんだなと出かけていったんです。でもそのとき、若い人を連れていけなかった。というのは、放射線量がたいへんだと報道されていたときで、そこで被曝をしてしまったら、私はいま57歳だから、もうよしって気持ちになる……変な言い方ですけれど、若い20代の人を連れていけないと思ったので、ひとりでビデオカメラを持っていったんです。そうしたら、そこにほんとうに子供が鼻血を出して、たいへんだという、子供を持つお母さんたちがいて、夫婦喧嘩が絶えない。逃げようと思った人が逃げなかったりと、福島でほんとうにたいへんなことがあった時期があったんです。家族のなかでも、父親は「政府が大丈夫だと言ってるから逃げなくていい」、だけど子供を持つ母親は「いや、もう逃げなきゃだめだ」と言って、夫婦の間で大喧嘩になってという家族がいっぱいいたんです。そうした話もぜんぶ取材をして。私はひとりで行ったので、実は私がインタビューした人たちにビデオを撮ってもらったんです。だから、こっちの人が証言している間、私が聞いているのをこっちの家族の人が撮っている。喫茶店にいっぱいの人たちが集まってくれて、現状を訴えてくれたんです。それを2時間なんですけれどテープを回して、編集の得意な「非戦を選ぶ演劇人の会」の人に編集をしてもらって、みんなで見たり、テレビ局に持っていったりしたんです。

でも放送されなくて、見た人は「これはすごい」と、なんとか放送したいと言ってくれたんですけれど、それが叶わなかったんです。だから、山形新聞でそういうことを書いたり、いろんな自分ができる限りのことはやったつもりなんですけれど、自分の無力さというのを感じましたね。

テレビでの発言
20ミリシーベルトまで上げたいと法律を変えたときに、それは困るんじゃないかというのは、テレビで言いましたけど、なにもテレビ局からは言われなかったですね。番組を降ろされるということもないし、厳重注意も受けなかったし。だから、言えることは言えるんですよ。番組でも原発の問題はわりと喋りました。ただ短いんですよ。30秒くらいの間にまとめて言う。それが難しいんです。だから報道番組にきちんと出させてもらえれば、そうやって言えるんでしょうけども、それは難しい。役者がそういう政治的なことをやると仕事がなくなるような風潮が日本の場合あるじゃないですか。アメリカもそうですよね、ヴァネッサ・レッドグレイヴがアカデミーの授賞式のスピーチで、すごい反感を買って降ろされましたよね(※反ナチス運動をテーマにした『ジュリア』(1977年)で助演女優賞を受賞した際「ユダヤ人シオニストたちの脅しに屈しなかった」と発言)。あと、イラク戦争のときも仕事がぜんぶなくなりましたよね。だからやっぱりアメリカも日本もそういう風潮はあります。コマーシャルがなくなったり、CMスポットがなくなったり。だからそういうことを懸念してあまりそういうことは言わないほうがいいと言われている部分があると思うんです。だけど、こんな事故があってこんなことがある今、そういうことは言っていられませんから、できる限りのことはやりたいと思っていますし、私は東北・山形出身ですから、今回の福島の事故なんか、東京で事故があったらもっとぜんぜん違う対応だったと思うんですけど。福島でしょ。だからいまだに復興できない、いまだに支援が行き届いていない。それは東北だからなんじゃないかと思って。なんとかしなきゃいけないとすごく思っています。戦争中と一緒だなと思って。

戦時中に戻したくない
昔に戻したくないです。戦中ってぜんぶ規制されて、作られた報道に踊らされてみんな戦争に向かったじゃないですか。それと同じ事を繰り返しちゃだめだなって思うし、いま番組を作っている人たちも、それは思っていると思うんです。それを信じたい。それから、この311の事故以降、価値観が変わってきたじゃないですか。人間の幸せとは何なのか、ということをみんなが深く考えるようになったこの時期に、正常な価値観に戻していくということをみんなでコツコツひとりずつやっていくということが大事なんじゃないかなと、またこの『イエロー・ケーキ』を観て、知らないことがまだこんなにあったんだっていう、自分はまた反省しましたし、無力すぎて落ち込んだりということを去年の3月からずっと繰り返しているんですけれど、こういう映画を作る人がいるというのが、すごく勇気を与えられて、やっぱり頑張ろうと。絶望しないで、コツコツ頑張ろうという気になりましたね。
(1月28日(土)のトーク内容を編集して掲載)